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アップルはグローバル・スタンダードになれるのか?

〜マイクロソフト / グーグル「帝国」に挑む〜

 

下村一樹 経済学部経営学科4年 17060122 2009/8/10提出

 

 

<このレポートの構成>

1. はじめに

2. マイクロソフトはどのように「帝国」を築いたのか

3. グーグルはどのように「帝国」を築いたのか

4. アップルはどうすれば「帝国」を築けるのか

5. まとめ

 

 

1. はじめに

 「デファクト・スタンダード」とは、「事実上の標準」を指す用語である。ISOやJISなどの標準化機関等が定めた規格ではなく、市場に置ける競争や広く採用された「結果として事実上標準化した基準」を示している。[1]このデファクト・スタンダードがグローバルなレベルで成立することを「グローバル・スタンダード」を定義した場合、ある分野でグローバル・スタンダードになることは、ある意味で「帝国」を築くようなものだろう。

 ソフトの世界でグローバル・スタンダードとなったマイクロソフト、ネットの世界でグローバル・スタンダードとなったグーグル、この2つの会社はIT業界で文字通り「帝国」を築いた。そして、いまITの世界で急速にグローバル化を進めて大きくなっているのがアップルだ。アップルは間違いなくマイクロソフト / グーグルに挑み、「帝国」を築こうとしている。ではどうすればアップルは上記の2社と同様にグローバル・スタンダードになれるのだろうか。

 こうした問題意識から、本レポートはアップルがグローバル・スタンダードになれる可能性を多面的に探ることを研究目的とする。まずは分析枠組としてSWOT分析を用いて、マイクロソフトとグーグルの2社の実態を明らかにした上で、どのような要因がグローバルレベルでのデファクト・スタンダードになったのか考察する。次に、アップルにおいても同様にSWOT分析を通じて研究を進めた上で、アップルが「帝国」を築くための具体的な戦略について考えられる5つの仮説を提示していく。

 

 

2. マイクロソフトはどのように「帝国」を築いたのか

 

2-1. マイクロソフトの実態と沿革

 マイクロソフトは、アメリカ合衆国シリコンバレーに本社を置く、世界最大のコンピュータ・ソフトウェア会社である。OS、ウェブブラウザ、ビジネス向け総合アプリケーションなどのソフトの90%を超えるシェアを保有している。現在では、年商604億ドル、102の国において従業員7万人を抱え、時価総額1799億ドルを誇る世界最大規模の多国籍企業となっている。[2]1975年にアルバカーキでビル・ゲイツとポール・アレンによって設立されたときからその歴史は始まった。その当時、パーソナル・コンピューターはまだだれもが身近に使えるものではなかった。しかしマイクロソフトはいずれビジネスの場でも、学校でも、家庭でも、だれでもコンピュータが使える世界を作り上げようという目標を持ち、製品の開発をしていく。その後、業界大手のIBMのコンピュータにOSを提供したから成長の糸口をつかみ、コンシューマー向けOSであるWindowsシリーズを市場の標準品としたことで大きな成功を掴んだ。[3]こうしてPCの核であるOSをメーカーにライセンス提供することで、そのほか様々なソフトにおいても消費者を囲い込むことができたマイクロソフトは、PCソフトウェアにおいて巨大「帝国」を築き上げた。

 

2-2. マイクロソフトの強みと弱み

 マイクロソフトの一番の強みは「ソフト」を支配していることである。Windowsの発売とともに、一気にパソコンOSでのシェアNo.1を勝取り、現在もその地位を守っている。また、こうしてOSの標準化に成功したことで、マイクロソフト Office等の各種アプリケーションソフトやInternet Explorer等のWebブラウザにおいても同様に、個人・法人を問わずデファクト・スタンダードとなった。なにより、こうした「ソフトの支配」によってもたらされた莫大な利益によって、IT業界で最大の資金力と技術力も持つ存在となった。こうして巨人となったマイクロソフトは、ビジネスの規模に物を言わせてソフトウェアの支配を拡大できる強さも持つ結果となったのである。

 しかし、この「強み」が逆にマイクロソフトの「弱み」につながっていることも見落としてはならない。ソフトの支配によって「帝国」を築き、大きな力を持ったマイクロソフトは業界において傲慢な振る舞いをするようになる。1994年にInternet Explorerの地位確立のため、Webブラウザ製作会社のネットスケープ社を潰したことなどが代表例だ。こうして力による支配を進めるマイクロソフト「帝国」は、IT業界の多くの企業の反感を買い敵対視されるようになった。ソフトを普及させる有効な手段であった抱き合わせ商法は何度も訴えられ、今や独占禁止法違反の象徴的な存在になった。また、嫌われ者になったマイクロソフトは、業務提携やM&Aに次第に失敗するようになる。最近では、YoutubeやYahoo!のM&Aが土壇場でグーグルに持っていかれたことなどが象徴的な例だろう。企業だけではなく、消費者もVistaの失敗が引き金となり、マイクロソフトへの不信感が強まっている。こうした根付いた「悪のイメージ」を払拭することが、マイクロソフトの今後の課題だろう。

 

2-3. マイクロソフトの機会と脅威

 マイクロソフトにとって「機会」とも「脅威」ともなってくるのが、IT業界における「クラウドコンピュータ」の流れ、つまりパソコンの時代からネットへの時代の変化である。ブロードバンドの普及によるネットワークの高速化によって、ネットワークがプロセッサ並みに速くなり、コンピュータは空洞化して事実上Windowsのような高機能なOSは必要なくなってきているのだ。つまり、端末とWebブラウザとネットワーク環境さえあればことが足りてしまうのだ。[4]そのWebブラウザも、マイクロソフトに対抗したMozillaのFirefoxやグーグルのchromeがシェアを伸ばしている。加えて、グーグルはWeb上で文書作成や表計算ができるオフィスソフトを公開したことで、マイクロソフトの稼ぎ頭であったマイクロソフト Officeの地位も揺らいでいる。このようにクラウド化が進み、今までのパソコンの機能がネットへと移行すると、OSがWindowsである必要もなくなるし、ソフトがマイクロソフトのものである必要もなくなってくる。LinuxやMac、グーグルなどがマイクロソフトにとって、大きな「脅威」となってくるのだ。

 もちろんこのクラウド化は「機会」ともとれる。クラウドコンピュータ用の新しいWindowsをコンシューマ用・サーバー用・モバイル用と幅広く提供できるチャンスであり、今こそビル・ゲイツという強力なリーダーが退いた後のマイクロソフトの真価が問われる時期だろう。

 

2-4. マイクロソフトはなぜ「帝国」を築けたのか

 ではマイクロソフトはなぜ「帝国」を築くことができたのか。もちろん前節までSWOT分析を通じて判明した「強み」を大きな要因ではあるが、ほかの要因についても考察してみる。ひとつは、常識を覆したマーケティングの巧みさだろう。それまではソフトウェアはPCの購入後にパッケージ商品を購入して、顧客自らインストールするというやり方が常識であった。しかし、マイクロソフトはPCにOSやソフトをあらかじめインストールした状態で販売する「プリインストール」という作戦を打ち出した。これはメーカーにとってもコンシューマーにとってもコストと手間を省く方法であると同時に、新規顧客の獲得を自動化できる非常に優れたマーケティングであった。このプリインストールによって、自動的に「初めて使うパソコンはWindows PC」という図式ができあがったのである。

 もうひとつ要因が、高いスイッチング障壁を効率的に築き顧客の囲い込みを行ったことだろう。OSをプリインストールして販売することで、そのパソコンはWindows対応のソフトしか使うことができなくなる。他のソフトでは互換性がなくなってしまうためだ。そして、Windows対応ソフトを使い続けるうちに、そのソフトに慣れてしまい他のソフトに乗り換えるのに金銭的コストだけでなく心理的コストがかかってくる。特にマイクロソフト Officeでは文書作成や表計算、プレゼンテーションのソフトをシリーズとして出すことで、そのスイッチング障壁をより高いものにしている。

 こうして顧客は結局マイクロソフトに囲い込まれ、縛り付けられてしまう。なにより、こうしてマイクロソフトのシェアが増えるほど、「周りが使っているから」という数の論理が働き、「帝国」の住人はネズミ算式に増えていくのだ。以上がマイクロソフトの「帝国」を築いた要因である。

 

 

3. グーグルはどのように「帝国」を築いたのか

 

3-1. グーグルの実態と沿革

 グーグルは、アメリカ合衆国シリコンバレーに本社を置く、世界最大の検索エンジンの運営会社である。スタンフォード大学の学生であったラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンによって、人類が使う全ての情報を集め整理すると言う壮大な目的のもと1998年に設立された。独自開発したプログラムが、世界中のウェブサイトを巡回して情報を集め、検索用の索引を作り続けている。このシステムのために約30万台のコンピュータが稼動中といわれている。検索サイトでのシェアは半数近くを占め、グーグルで検索することが「ググる」「Googling」といったように動詞化までするようになった。検索結果の表示画面や提携したウェブサイト上に広告を載せることで収益の大部分をあげ、そこで得た資金をもとに様々なネット無料サービスを提供している。[5]現在は218億ドルの売上と42億ドルの利益を上げ、設立後わずか10年で時価総額は1241億ドルにもおよぶ。[6]基本的にグーグルのサービスは全て無料であり、既存の有料事業を破壊するビジネスモデルで驚異的な成長を続けている。こうしてグーグルはインターネットの世界において革命を起こし新たな「帝国」を築いた。

 

3-2. グーグルの強みと弱み

 マイクロソフトの強みが「ソフトの支配」であれば、グーグルの強みは「情報の支配」である。「インターネットの支配」と言うこともできるだろう。検索エンジンを開発し検索結果に広告をつけるというシンプルなビジネスモデルでありながらも、その高速で高精度な検索機能が多くの支持を得て、驚くべき速さでインターネットの世界における「帝国」を築いた。またこうした成長に伴い、既存有料事業の無料化を積極的に進めてきた。メールや地図機能、各種ソフトウェアやWebブラウザなどを、インターネットを通じて世界中に無料で提供した。まさにインターネットとググールさえあれば何でもできる状況(逆になければ何もできない状況)を作り出し、クラウド・コンピューティングを席巻し、巨大な広告ネットを確立したのである。広告収入を武器に無料サービスを提供することで自社サイトへ消費者を囲い込む、このビジネスモデルも「情報の支配」という時代に合った強力な「強み」があったからこそなしえたものではないか。

 欠点のないように思えるグーグルの「弱み」を唯一挙げるとすれば、ビジネスの収益モデルだ。グーグルの売上の9割以上が検索サイトにおける広告収入であり、収入源がひとつに集中しすぎている。特に広告収入は景気の影響を大きく受ける可能性が高く、そこに依存しているグーグルの財務体質は見直す必要があるだろう。

 

3-3. グーグルの機会と脅威

 グーグルにとって「機会」となるのも、やはり社会がクラウド化している状況だ。ネットインフラの整備によって広がるインターネットに利用人口の増加も、その玄関口となっているグーグルにとって大きな追い風となる。ネットインフラ企業に任せてばかりではなく、グーグル自身も公衆無線LANの無料設置などを積極的にもっと進めるべきである。またIT業界における動画共有サイトやSNS、Wikiシステムなどの新しいサービスの台頭も大きな機会となってくる。Youtubeを買収したように、こうした企業をM&Aすることでクラウド・コンピューティングにおける地位をより強固なものにすることができる。もちろん、こうしたネットインフラの整備やM&Aによるネットサービスの拡大といったインターネットの世界での支配を強める機会だけではなく、Webブラウザのchromeや携帯端末OSのAndroidによってクラウド化におけるリアルの世界での支配のきっかけとなる機会も見逃してはならない。

 ただこうした支配を強め「帝国」を続けるグーグルだからこそ、気をつけなければいけない「脅威」がある。それはかつてマイクロソフトが受けたような、批判や非難といったものだ。公正であるはずの検索結果に関する検閲の問題や、意図的に検索結果からサイトを削除するグーグル八分、ストリートビュー等のサービスのおけるプライバシー問題など現在でも批判を受けている点が多くある。いまこうした問題に適切に対処しなければ、将来的にグーグルにとって大きな脅威に変わる可能性があるだろう。

 

3-4. グーグルはなぜ「帝国」を築けたのか

 では、グーグルはなぜ「帝国」を築くことができたのか。要因のひとつは、新しいビジネスモデルで新しい市場を築いたことだろう。グーグルはその圧倒的な技術力と柔軟な発想力で「破壊的創造」とも言えるビジネス生み出してきた。検索エンジンを核とする各種サービスは、既存の有料事業を無料にして、戦いの場をPCからネットに変えてしまった。それまでのルールを破壊して、自分たちの作り上げたルールの上で勝負するのだから勝って当然である。仮に新しい市場に競争相手がいたとしても、きわめて友好的にM&Aを繰り返し自らの「仲間」としてしまう。しかもグーグルはマーケティングではなく、あくまでサービスの本質的な価値を高めるという正攻法で支持を得てきた。広告を打ち出して使わせるのではなく、検索エンジンの機能性がメディアや口コミによって広まってきたのだ。グーグルはこのよう非常に民主的なやり方で「帝国」を築き上げてきたのである。

 

 

4. アップルはどうすれば「帝国」を築けるのか

 

4-1. アップルの実態と沿革

 アップルは、アメリカ合衆国シリコンバレーに本社を置く、デジタル製品と関連するソフトウェア製品を作っている企業である。アップルは、1976年に開発されたアップルTをきっかけに1977年に法人化された。創立者は、初代アップルの開発を進めたスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアック、そして資金の提供をしたマイク・マークラの3人である。これまで独特の個性および芸術性と機能性を両立した高度なデザインだけではなく、文化やライフスタイルまでも変えてしまう革新的な製品を数多く生み出してきた。コンピュータの概念を変えたMac、新たなミュージックライフを創ったiPod、モバイルメディアの可能性を広げたiPhoneといった製品は多くの熱狂的なファンを作ると共に常に世の中の注目を集めてきた。[7]現在の売上高は325億ドル、純利益は48ドルに達し、時価総額は1133億ドルの評価を受けている。[8]「世界で最も革新的な企業25社」ランキングで5年連続で1位を獲得など、その勢いは凄まじくいま最も旬な会社である。

 

4-2. アップルの強みと弱み

 アップルの「強み」はいくつかある。まず挙げられるのは、バランスがよく統合性もあるビジネスモデルだ。MacやiPod、iPhoneといった「ハード」はもちろん、MacOSやiTunesといった「ソフト」だけではなく、iTMSやAppStoreでは音楽や動画やゲームなどの「コンテンツ」もビジネスとして成功している。特にiPodのシェアは1位を誇り、iTunesとの連動でデジタルコンテンツ市場において独占的な地位を築いている。アップルの強みとしてほかにも外せないのは、製品の高いデザイン性やブランド性だろう。表面的なデザインの美しさだけではなく、その機能美にも高い評価を受けるアップルの製品は、過去に何度もグッドデザイン賞を受賞し、2009年の顧客満足度調査でもデジタル家電部門で顧客満足1位の結果を出した。その高いブランド力はカルト的な人気を呼び、今でも狂信的な「アップルファン」や「マックファン」は数多い。またアップルの設立者であり現CEOのスティーブ・ジョブズ氏のカリスマ性と経営能力の高さをアップルの強みの源泉だと述べるメディアも多い。

 そんなアップルの「弱み」として考えられるのはPC市場におけるシェアの低さだ。伸びては来ているものの、いまだにWindowsパソコンにMacは負けている。価格の高さや、玄人志向のイメージ、他のPCとの互換性が大きな理由となっているが、現在アップルはこうした課題解決に積極的に取り組んでおり、弱みが改善される日も近いだろう。

 

4-3. アップルの機会と脅威

 アップルがさらなる成長を遂げる「機会」は数多くある。まず1つ目は、今までのWindowsユーザーを奪える機会だ。Intelを搭載したMacシリーズの発表に加え、Windowsを仮想的に起動できるソフトウェアBoot Campを無償公開したことで、事実上MacとWindowsの完全な互換性が実現した。これによって、いままで互換性の問題から仕方なくWindowsパソコンを使っていたユーザーが、Macに乗り換える可能性が非常に高くなり、シェアの向上を狙うことができるだろう。2つ目が、新たなデジタル機器への進出である。アップルが当面の戦略として掲げているものに「デジタルハブ構想」というものがある。これはパソコンのMacを中心のハブとして、周囲に音楽プレーヤーiPodや携帯端末iPhone、デジタルカメラやテレビなどを置き、調和・統制のとれたデジタルシステムを提供するというものである。この構想によると、アップル自身が他のテレビやデジカメなどの新たなデジタル家電の市場を開拓する可能性も高い。3つ目は、やはりクラウド・コンピューティングである。クラウド・コンピューティングでは、端末とWebブラウザさえあればインターネットの中にあるコンピュータ・リソースにいつでもアクセスし、必要な文だけのCPU能力やストレージ、アプリケーション、ソフトウェアを利用できる。[9]これはむしろハードの「箱」としての性質が重要度を増すことを意味している。MacやiPhoneといった強力な「箱」をもつアップルにとっては好ましい流れだろう。もちろん「ハード」だけではなく、失敗しているMobile Meといったクラウド用の「ソフト」の改善や充実も進めることの重要だろう。またiPhoneにおいて、クラウドのパイオニアであるグーグルやYahoo!、SkypeやAmazonと提携しているように、今後も様々な企業と提携することでよりいっそうサービスの充実を図ることができるだろう。

 クラウド化はアップルにとって「脅威」としての側面も持っている。低価格PCの台頭はせっかくのクラウド化によってMacが広まる可能性を妨げるライバルとなるだろうし、モバイル機器に目をつけたグーグルをはじめ各社とiPhoneとの競争が激化していくことも想定できる事態であろう。

 

4-4. アップルはどうすれば「帝国」を築けるのか

 ではアップルはどうすれば「帝国」を築くことができるのだろうか。グーグルやマイクロソフトのとった方法を参考にして、有効な戦略として考えられる5つの仮説を提示する。

 @競争と協力:「帝国」を築くには競争だけではなく協力することも必要である。どちらか一方ではなく両者のバランスが大切なのだ。アップルに場合、ハードにおいては競争で勝つことを目標にしたほうがいいのではないか。クラウド・コンピューティングのトレンドから、ハードの「箱」としての性質が重要度を増し、デザイン性のあるMacや小型軽量のiPhoneなど「箱」に強いアップルにとっては追い風となる。ライバルのDELLやHP、EeePCなど低価格PCにも勝つことができるだろう。逆に、ソフトとネットにおいては協力することのメリットの方が大きいだろう。標準品となっているWindowsとは互換性をとり、既に強力な検索エンジンを持つグーグルやYahoo!とも提携し、人気のあるSkypeやAmazonとも手を組み、大きな資金と設備がかかるネットインフラはSoftbankに任せてしまう。こうした協力をすることで、アップル自身の手間や資金を節約するだけでなく、MacやiPhoneの可能性を最大限に引き出すことができるだろう。

 Aコンテンツの支配:「帝国」を築くにはどこかを支配しなければならない。アップルはどの領域を支配するのが得策だろうか。「ハードの支配」はSONY等の競争相手が多いため厳しそうだ。「ソフトの支配」はマイクロソフトが行っているため無理そうだ。「ネットの支配」も同様にグーグルが行っているため難しいだろう。そこでアップルは「コンテンツの支配」をすることが最も望ましいだろう。いまのところ支配者はいないし、なによりアップルの強みを活かすことができるからだ。iPodやiPhoneのようなハードとiTunesのようソフトの組み合わせで、現時点でも高いシェアを誇っている。だからこそその強みをさらに活かし、動画・音楽・映画・書籍などをなにかプレミアムをつけて提供することができれば一気に戦場を支配できるだろう。例えば、iPhoneからyoutubeを見ると通常よりも高画質で見ることができる、iPodでどこよりも早く映画の予告編や本編を見ることができる、新しいデジタルブック端末では図書館から本を借りるように書籍をダウンロードして読むことができるといったことができるといいだろう。つまりハードとソフトとネットを組み合わせて総合力での「コンテンツの支配」を狙うのだ。

 BファンドとM&A:「帝国」を築くには独占的・独裁的な状態にもっていくのが望ましい。そのために目障りなライバルや欲しい相手はとことんM&Aしていくのもひとつの手だろう。例えば、マイクロソフトやグーグルをM&Aすれば、IT業界における支配者はアップルとなる。しかし、さすがにそれほどの資金はアップルにはないだろう。そこでアップルファンドを設立することを提案する。アップルの熱狂的なファンや技術者たち、アップルの成長によって利益がもたらされる企業や国家、世界中の投資家などからお金を集め、一気に買収してしまうのである。

 Cカリスマの応援:「帝国」を築くにはカリスマの存在が不可欠である。アップル自身のカリスマ性やブランド性を高めるという方法もあるが、逆に既にあるカリスマの力を借りるというやり方のほうが効果的に思える。政界、財界、宗教界の要人や、国際的に人気のアーティストや俳優、長年絶大な人気を誇るキャラクター、世界の一流ブランド企業の応援を得てしまうのだ。例えば、某国大統領を経営層に加えたり、ローマ法王にアップルを支持してもらったり、ディズニーやエルメスとコラボレーションした新たらしい製品を作ったりするなどの方法が考えられる。

 D種まき:「帝国」を築くには住人の獲得と囲い込みが必要だ。マイクロソフトがかつてそうしたように、はじめから顧客の獲得と囲い込みをしてしまえばいいのだ。世界中の学校法人や発展途上国に無料でMacをばらまいてしまうのも有効な手段だ。はじめて手にするパソコンがMacならその後もMacを使い続ける可能性は極めて高くなるだろう。確かにはじめは多少のコストはかかるかもしれないが、「帝国」を築いたあとに回収できる額を考えれば安い投資だと判断できる。

 では以上の5つの戦略はどれくらいアップルの「帝国」建設に貢献できるのだろうか、有効性と実現可能性の2つの観点から評価をしていく。@競争と協力という戦略は、既に動き出しているものもあり、実現可能性は高い。また、非常にシンプルな戦略であるがそれ故に本質的な有効性も兼ね備えているとも言える。協力すべき相手とは着実に関係を築きつつ、そうして得た仲間と共にライバルを潰すことは不可能ではないし、成功すれば「帝国」への大きな一歩となることは間違いない。Aコンテンツの支配は、それができたら有効性は極めて高いが、実現までに時間を要するし可能性も高くはないだろう。逆にB種まきは、やろうと思えばお金をかければいつでもできるものの、その効果が文字通り芽を出すのはかなり先のことになるため有効性の点では疑問符が残る。BファンドとM&ACカリスマの応援の2つは、有効性と実現可能性ともに未知数であり、ある意味で夢物語のひとつであることも否定できない。

 上記の考察から、最適な戦略の実行順序と組み合わせを提示していく。まず@競争と協力をコアの戦略としてしばらくは動いていくべきだろう。それによって影響力を強めることができたら、Aコンテンツの支配に乗り出す。この支配こそアップルの「帝国」の条件である。その支配から得られる富が増えてきたら、その富をD種まきにまわす。これら3つの戦略の組み合わせを「帝国」建設の初期から中期のものとして、しっかりと「帝国」の土台を築いておく。そして下地ができあがったところで、BファンドとCカリスマを用いて、その「帝国」を一気に世界に広げる。この2つの戦略の組み合わせは「帝国」建設後期のものと言える。このように適切な戦略を適切なタイミングで組み合わせて、「コンテンツの支配」を世界に広げることで、アップルは「帝国」を築けるだろう。

 

 

5. まとめ

 以上「帝国」築くにはどうすればよいのかという観点から、マイクロソフト・グーグル・アップルの3社を見てきた。マイクロソフトは顧客の獲得と囲い込みを自動化する仕組みを作り「ソフトの支配」を、グーグルは破壊と創造で自らに都合のいいルールを作り「ネットの支配」行ってきた。そしてアップルが「帝国」を築くには第4節で示した5つの戦略を用いて「コンテンツ(デジタルコンテンツ)の支配」を築くべきだと結論づけたい。トフラーの『第三の波』ではないが、いま時代の流れとして急速にコンテンツのデジタル化が進んでいる。音楽・映像・書籍といったコンテンツが、どんどんデジタルなものになっていくだろう。そうしたトレンドがあるからこそ、デジタルコンテンツにおいて高いテクノロジーを持つアップルには大きなチャンスがある。他社には乗りこなせない「コンテンツ化の波」を乗りこなせる強みがアップルにはある。自らの強みと知恵を用いて、適切なタイミングで勝負を仕掛ければ、アップルが「帝国」を築くことも不可能ではないだろう。

 

 

<参考文献>

山田英夫 2008 『デファクト・スタンダードの競争戦略』 白桃書房

新宅 純二郎、柴田 高、許斐 義信 2000 『デファクト・スタンダードの本質―技術覇権競争の新展開』 有斐閣

経済産業省標準化経済性研究会 2006 『国際競争とグローバル・スタンダード―事例にみる標準化ビジネスモデルとは』 日本規格協会

小川浩、林信行 2008 『アップルとグーグル-日本に迫るネット革命の覇者-』 インプレス

石川温 2008 『グーグルvsアップル ケータイ世界大戦 ~AndroidとiPhoneはどこまで常識を破壊するのか』 技術評論社

林信行 2008 『アップルの法則』 青春出版社

林信行 2009 『進化するグーグル』 青春出版社

村山恵一 2009 『IT帝国の興亡 – スティーブ・ジョブズ革命』 日本経済新聞社

オーウェン・リンツメイヤー、林信行 2006『アップル・コンフィデンシャル2.5J』 アスペクト

ニコラス・G・カー 2008 『クラウド化する世界』 翔泳社

デビッド ヴァイス、マーク マルシード 2006 『グーグル誕生 ガレージで生まれたサーチ・モンスター』 イーストプレス

小池良次 2009 『クラウド グーグルの次世代戦略で読み解く2015年IT産業地図』 インプレス

西田宗千佳 2009 『クラウド・コンピューティング ウェブ2.0の先にくるもの』 朝日新書

岡嶋裕史 2007 『iPhone 衝撃のビジネスモデル』 光文社

メアリー・ジョー フォリー 2008 『マイクロソフト ビル・ゲイツ不在の次の10年』 翔泳社

森健 2006 『グーグル・アマゾン化する社会』 光文社

トム佐藤 2009 『マイクロソフト戦記―世界標準の作られ方』 新潮社

ランダル ストロス 2008 『プラネット・グーグル』 日本放送出版協会

ベルナール・ジラール 2009 『ザ・グーグルウェイ グーグルを成功へ導いた型破りな戦略』 ゴマブックス

野村総合研究所 城田 真琴 2009 『クラウドの衝撃――IT史上最大の創造的破壊が始まった』 東洋経済新報社

ジョン・バッテル 2005 『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』日本経済新聞社

 

 



[1]山田英夫 2008 『デファクト・スタンダードの競争戦略』 白桃書房 p23

[2]村山恵一 2009 『IT帝国の興亡 スティーブ・ジョブズ革命』 日本経済新聞社 p4

[3]トム佐藤 2009 『マイクロソフト戦記―世界標準の作られ方』 新潮社 p128–p157

[4]ニコラス・G・カー 2008 『クラウド化する世界』 翔泳社 p43—p45

[5] デビッド ヴァイス 2006 『グーグル誕生』 イーストプレス p11—p69

[6]村山恵一 2009 『IT帝国の興亡 スティーブ・ジョブズ革命』 日本経済新聞社 p4

[7]林信行 2006『アップル・コンフィデンシャル2.5J』 アスペクト p22—p78

[8]村山恵一 2009 『IT帝国の興亡 スティーブ・ジョブズ革命』 日本経済新聞社 p5

[9]野村総合研究所 城田 真琴 2009 『クラウドの衝撃――IT史上最大の創造的破壊が始まった』 東洋経済新報社 p19—p22